大阪の鉄道を再生させるための処方箋

大阪府医師会報7月号(第362号)
天王寺区医師会 中石滋雄
 
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はじめに

読者の皆様は、南海汐見橋線に乗車されたことがありますか。南海本線から岸里玉出駅で北西に分岐し汐見橋駅まで6駅約4.6km、この区間を2両編成のワンマン電車が30分に1本の間隔で往復運転しています。さながら、都心のローカル線といった趣です。汐見橋線は、芦原橋駅西で環状線と立体交差しています。このあたりは環状線に沿って太い道路があり、交通量も多くはありません。そこで、考えたのですが、周辺道路の一部を利用させてもらって、南海汐見橋線をJR環状線に接続してはどうでしょうか。(芦原橋連絡線 図1)幸い、南海電鉄とJRは同じ狭軌ですので列車の相互乗り入れが可能です。

南海汐見橋線とJR環状線の相互乗り入れの効果

関空特急が、西九条から弁天町を経て汐見橋線に乗り入れ、南海本線を経て関西空港に向かえば、西九条・弁天町から関西空港まで30分、大阪駅からでも40分で行くことができるようになります。関西空港利用客に便利であるというだけでなく、南海電鉄沿線とベイエリア・梅田が直結することになり、通勤客の負担を軽減しベイエリア発展にも貢献します。関空特急が天王寺を経由しなくなること、岸里駅の改良工事が必要となることなどいくつかの解決すべき問題がありますが、小さな投資で大きな効果を期待できる事業であるといえます。

地下鉄四ツ橋線の活用

さらに、もうひとつ、読者の皆様に考えていただきたい提案があります。それは、地下鉄四ツ橋線にJR列車を走らせることです。もともと、四ツ橋線は混雑のひどい御堂筋線のバイパスとして敷設されたと聞いていますが、現在、必ずしも、十分にその役割を果たしているとはいえません。そこで、現在、関空特急はるかが走行しているJR梅田貨物線を大阪駅北側から地下化して西梅田で四ツ橋線に接続し(うめだ連絡線 図1)、肥後橋・本町を経て四ツ橋から地下で分岐してJRなんば駅に接続してはどうでしょうか(なんば連絡線 図1)。梅田となんばの接続区間はともに数百メートルです。この乗り入れが実現すれば、四ツ橋線がJRの南北連絡線として機能することになりその価値が飛躍的に高まるだけでなく、大阪の都心部を貫いてJR京都線とJR阪和線・大和路線が1本につながり、さらに、関西空港にダイレクトに結ばれることになります。また、梅田貨物線は中津駅で阪急電鉄と立体交差しているため、ここにJR中津新駅を設置することによって、阪急電鉄と四ツ橋線の乗り換えが大変便利になります(図1)。


JRと四ツ橋線を接続するために克服するべき課題

JR大阪環状線と南海電鉄を芦原橋で接続することは比較的容易にできるものと思われますが、西梅田〜四ツ橋間にJR列車を走行させるためにはいくつかの困難な課題を克服しなければなりません。
ひとつめの課題はJR列車と地下鉄列車の車輪幅の違いに対応することです。そのためには線路の幅を変える方法と列車の車輪幅を変える方法のふたつが考えられます。線路の幅を変えることを改軌といい、この場合、大がかりな工事が必要です。また、車輪幅を変えることができる列車をフリーゲージトレインといいますが、残念ながらまだ日本では実用化されていません。ただ、平成21年4月、鉄道建設・運輸施設整備支援機構がフリーゲージトレイン車輛の走行試験を公開し、実用化までもうあと一歩という段階であると報じられました。JR列車が四ツ橋線を走行することを可能にするために、どちらの方法がふさわしいのかは慎重に検討する必要があります。
ふたつめの課題は列車への電源供給方法の違いと車輛の大きさの違いに対応することです。堺筋線を除いて地下鉄車輛はパンタグラフのない構造になっているため、JR列車を走行させるためには西梅田〜四ツ橋間の架線工事を行う必要があります。また、地下鉄トンネルは最小限の内径で掘削されているものと思われますので、専用車輛をつくる必要があるかもしれません。場合によっては、トンネル径を拡大する必要があるかもしれず、費用・工期などをよく検討する必要があります。
みっつめは、梅田付近の地盤の弱さの問題です。うめだ連絡線の工事には幾多の技術的困難が予想されます。実際、昭和に実施された工事において落盤事故や地下水への影響など多くの問題が生じたと聞いています。しかし、それから50年経過した現代に生きるわれわれは、進歩したテクノロジーを最大限活用することによってこれらの課題を克服することができるものと筆者は信じています。

鉄道事業者の協力と大きな付加価値を生む小規模事業

ところで、これらの提案には2つの共通点があります。
ひとつめは複数の鉄道事業者の協力が欠かせないという点です。交通網、特に、鉄道網は公共資本であり、地域全体からみて利用者に本当に便利なシステムを構築することが求められます。そのためには、個々の鉄道事業者が、それぞれの利益を追求するのではなく、他の鉄道事業者と協力して利用者にとって最も便利な地域鉄道網を創り上げ、会社が地域とともに繁栄するという明確な理念をもつことが必要です。それを可能にするためには行政が強いリーダーシップを発揮して関係者に合理的な負担を求めるとともに、事業の成果による恩恵を公平に配分するためのルールを作ることが重要になります。
ふたつめは、現在ある路線に比較的小規模な改良工事をすることによって大きな付加価値を生むという発想です。芦原橋における南海電鉄と大阪環状線の接続や、うめだ連絡線・なんば連絡線はまさにそれにあたります。関西の鉄道網は、高度成長期に、いわば“いきあたりばったり”に造られてきたため、いろいろな不具合が放置されたままになっています。もう一度、利用者の視点から鉄道網を見直して、その整備について考えてみるべき時期に来ているといえるのではないでしょうか。
 

相互乗り入れ

平成21年春に阪神なんば線が開通し相互乗り入れの便利さが認識されるとともに、大阪の鉄道網におけるミッシングリンク(路線の途切れ)が話題となりました。相互乗り入れとはまさにミッシングリンクの解消そのものであるといえます。先に述べた2つの提案以外にも、相互乗り入れを検討してほしい箇所は多数あります。たとえば、地下鉄谷町線は、東梅田を起点とする2つの路線(谷町方面と都島方面)が無理矢理つなげられているといえます。しかも、梅田や西梅田の手前で折り返すため、東梅田と梅田・西梅田の乗り換えはとても快適なものとはいえません。そこで、谷町線を東梅田の北で谷町方面と都島方面に分離し、阪急電鉄と谷町線谷町方面、阪神電鉄と谷町線都島方面を接続して相互に乗り入れ、それぞれが梅田を自然に通り抜ける路線になるように改造してはどうでしょうか(図2)。これが実現すると、阪神梅田から谷町線都島方面を経て天神橋筋六丁目で阪急千里線と連絡することになり、阪神本線〜梅田〜天六〜阪急京都線の経路で神戸から京都への阪神・阪急の直通運転の可能性を開くものとなります。また、あべの橋で近鉄南大阪線(狭軌)をJR大阪環状線に接続すれば、大阪駅から吉野や(河内長野経由で)高野山に向かう特急列車を走らせることができるようになり、観光事業の振興にも大いに貢献することになるでしょう。
 
 
 


快適な乗り換え

快適な乗り換えという観点からも大阪の鉄道網には多くの改良点を指摘することができます。まず、次の7つの地下新駅を設置することが望まれます。

  1. 四ツ橋線(JR乗り入れ)への乗り換えのための四ツ橋本町駅(中央線)・四ツ橋駅(長堀鶴見緑地線)、JRなんば駅への乗り換えのための西なんば駅(千日前線、阪神なんば線)
  2. 京阪中之島線への乗り換えのための渡辺橋駅(四ツ橋線)・大江橋駅(御堂筋線)・なにわ橋駅(堺筋線)

これらの駅は、既存の駅と近すぎるため、その設置が見送られています。しかしながら、関空特急が四ツ橋線を運行する場合を考えても、その利便性を高めるためには、四ツ橋線と交差する路線のホームからエスカレーターひとつで四ツ橋線列車に乗り換えることができる快適さが望まれます。大阪市の都心部から関西空港へのアクセスの悪さが指摘されその改善が求められていますが、いくら関空特急乗車駅から空港までの時間を短縮しても、会社や自宅から関空特急に乗るまでのアクセスが悪いのではその価値は半減してしまいます。
京阪中之島線の場合も、交差する地下鉄路線の駅と少し距離があるだけでなく、駅が地中深くにあることもあって乗り換えが大変不便であり、その欠点のため中之島線は期待された役割を十分に果たせていないといえます。京阪電鉄の線路と地下鉄の線路は、地中ではほんのすぐ近くの上下で交差しているはずです。その交差場所に駅をつくれば乗り換えが快適になり、それによって、人の流れが変わり、ひいては、中之島のそして大阪の活性化に貢献することは間違いありません(図3)。京阪中之島線が西九条まで延伸され大阪市北部を東西に貫く基本軸となることが期待されていますが、そのためにも南北に走る地下鉄各線と中之島線の乗り換えの不便さは解消されなければなりません。
このように、鉄道が交差しているにもかかわらず乗り換えのための駅が設置されていない地点には駅を造り、また、設置されていても不便な場合には、エスカレーターひとつで乗り換えられるように駅を改造することが望まれます。これから必要となる高齢者が使いやすい公共交通機関という観点からもこの問題は非常に重要です。鉄道の利用においては、1.なるべく一本の列車で、2.乗り換えるなら同じホームで、3.それが無理ならエスカレーターひとつで、という基本方針にそって鉄道網を見直すとともに、家や会社をでてから列車に乗るまでの快適さを追求する必要があると筆者は考えています。


大阪の鉄道網再生の基本理念

JRなにわ筋線新設計画(新大阪〜梅田北ヤード〜中之島〜JRなんば・南海汐見橋)や四ツ橋線延伸計画(西梅田〜梅田北ヤード〜十三〜新大阪)が報じられていますが、これらの事業には莫大な建設費用が必要であり、工期も大変長いものになるものと思われます。また、地盤の弱い梅田の工事が困難なものであることは、JR梅田貨物線と四ツ橋線を連絡する工事の場合と同様です。なにわ筋線新設計画の主な目的は、1.JRの南北連絡線をつくること、2.関西空港へのアクセスを改善すること、3.梅田北ヤードにJR新駅を設置することの3つであるものと思われます。また、四ツ橋線延伸計画では、1.阪急電鉄から四ツ橋線への乗り換えを便利にすること(十三)、2.JR京都線と御堂筋線から四ツ橋線への乗り換えを便利にすること(新大阪)、3.阪急電鉄から新幹線への乗り換えを便利にすることの3つであるものと思われます。よく考えてみると、芦原橋連絡線とうめだ連絡線・なんば連絡線はこの目的をすべて実現するものであり、そのためにかかる費用はなにわ筋線新設と四ツ橋線延伸にかかる費用とは比べ物にならないくらい小さく、その効果はむしろ大きいといえるのではないでしょうか。たとえ、四ツ橋線の西梅田〜四ツ橋間において大規模な再工事が必要であるとしても、その費用対効果を厳密に検証してみる価値があるものと筆者は考えています。
また、本当に大きな新規投資を決断するのであれば、現梅田貨物線を地下化するのではなく、新幹線を新大阪から梅田北ヤードに引き込み、西九条まで延伸することを提案します。(参考文献1)この案が実現すれば、新幹線梅田北ヤード駅はまさに大阪の顔となり、西九条駅は新幹線と関西の私鉄の結節点となります。梅田北ヤードの利用計画が最終決定していない今は、その最後のチャンスであるといえます。さらに、筆者は大阪港を経て堺まで新幹線を延伸することを強く訴えたいと思います。政令指定都市でありパネルベイの象徴でもある堺の表玄関として新幹線駅が存在することの価値はいうまでもなく、また、新幹線大阪港駅には日本唯一の海に面した新幹線駅として海上交通へのアクセス機能を期待したいと思います。新幹線をおりたら、目の前に船が停泊しているということになれば、大阪港が瀬戸内海観光の基地となるだけでなく、外国のクルーズ船の入港拠点にもなり、世界に対して大阪のイメージを向上させる効果は計り知れないと思います(図4)。さらに、船や関西空港からの貨物を新幹線網を利用して夜間や早朝に高速貨物輸送するという新幹線のあらたな利用方法も生まれるかもしれません。江戸時代、水都大阪をめざし、所狭しと大阪湾を航行した船々のように、国内各地や海外からの乗客や貨物を乗せた列車と船舶と航空機がひっきりなしに往来する“アジアにおける陸海空交通の要衝”大阪の時代がくることを夢みて、本稿をおえたいと思います。

参考文献
1.新幹線の中津・梅田・西九条・ユニバーサルスタジオ乗り入れを実現しよう  
     大阪府医師会報 360号 40−43ページ 平成21年1月 中石滋雄