生活習慣病指導管理料のめざすもの
生活習慣病指導管理料のめざすもの 中石滋雄
SUMMARY
生活習慣病指導管理料は、高脂血症、高血圧症、糖尿病を適応とする包括診療点数である。比較的、高額な設定になっており、有効に利用することによって、質の高い診療を実現するための経済的基盤となりうる可能性がある。事実上、出来高算定とは2重料金になっており、本指導管理料の算定には、患者への説明とその納得がとりわけ重要と思われる。
はじめに
平成14年4月より、旧運動療法指導管理料は生活習慣病指導管理料に改組され、算定の条件も緩和された。診療報酬の大幅な引き下げのなかで、本指導管理料のみが、唯一といってもよい大幅な引き上げとなったこともあり当初注目を浴びたが、医療機関側に包括医療に対するなじみがないことだけでなく、患者自己負担を考えると設定された点数が高すぎて算定しづらいこともあって、採用を躊躇している医療機関も少なくない。本稿では、本指導管理料の理念と現実について、診療所の臨床医の立場から考察してみたい。
I 生活習慣病指導管理料の目指す理念
本指導管理料のめざすところは、ひとことでいえば、"十分な時間をかけて診察し、十分な指導を行い、患者が納得できる医療"を実現する事であろう。本邦においては、大病院の専門外来はいうまでもなく、診療所や小病院においても短時間で多くの患者を"こなす"診療形態が普通であり、諸外国と比較しても医師ひとり当たりの年間診察患者数は著しく多い。むろん、低い診療報酬のもとで数多くの患者の診察をしてきた先輩医師たちの努力のおかげで、本邦は世界一の長寿国になったことは事実である。しかしながら、近年の疾病構造の変化により、高脂血症、高血圧症、糖尿病などの生活習慣病が増加し、従来からの診療スタイルではこれに対応しきれなくなってきている。指導料の算定ルールが2週間に1度の受診を促さざるをえない仕組みになっていたことや、投薬が基本的に14日に制限されていたことなどもその一因となっていた。
ひとりの患者に十分な診療時間を提供するためには、受診回数が減っても十分な診療報酬を補償するしくみが必要となる。月1回の受診で、比較的高額な診療報酬を算定することのできる本指導管理料が設定された事は、長期投薬の制限の解除とともに、慢性疾患患者に対し理想的な医療を行うための環境を整えるためのものと前向きに評価してみたい。
U 運動療法指導管理料から生活習慣病指導管理料への改組について
平成8年4月、包括点数である運動療法指導管理料が新設され、高血圧症が適応となった。平成12年4月からは、糖尿病、高脂血症にも適応が拡大された。算定には、運動療法に経験のある医師が実施する事および運動指導箋を交付する事が条件とされた。ただ、この算定条件は診療所の医師にとっては厳しいものであり、設定された点数も今ほど高くはなかったことより、実際に算定している医療機関はごくわずかであった。運動療法指導管理料は、建前としては運動療法の普及がその目的であったが、上記の2条件がはずされたことから考えると、その本質は、本格的な包括点数導入にむけた行政がパイロット的に用いた点数であったものと考えるのが妥当であろう。
V 生活習慣病指導管理料算定のしかた
本指導管理料の算定の実際について説明する。本指導管理料の算定対象となる疾患は、1.高脂血症、2.高血圧症、3.糖尿病の3疾患である。算定するときには、その疾患が主病であることが必要である。したがって、2種類の疾患に対する本指導管理料を同時に算定する事はできない。また、在宅自己注射指導管理料を算定している患者では、主病が糖尿病であれば本指導管理料を算定できないが、主病が高脂血症か高血圧症であれば、いずれかの疾患の本指導管理料と在宅自己注射指導管理料をあわせて算定する事ができる。本指導管理料の点数は、処方箋を発行する場合、高脂血症で1050点、高血圧症で1100点、糖尿病で1200点、処方箋を発行しない場合、高脂血症で1550点、高血圧症で1400点、糖尿病で1650点である。
本指導管理料は、200床未満の病院か診療所において算定可能であり、算定あるいは非算定を、患者ごと、また、月ごとに選択してよい。初診月には算定できない。算定月には患者の生活習慣に対する総合的な指導および治療管理を要し、療養計画書を3ヶ月に1度以上交付することを要求される。指導管理、検査、投薬、注射は点数に含まれるが、再診料、画像診断など上記にあたらないものは別に算定できる。(たとえば超音波検査は算定できないが、胸部レントゲン検査は算定できる。なぜなら、超音波は診療報酬点数上、検査に分離されるが、レントゲンは画像診断に分類されるからである。)なお、老人保険対象患者では算定できないが、平成14年10月より新設された健康保険(および国民健康保険)前期高齢者患者では算定できる。
糖尿病患者が月に1回診療所を受診し、院外処方箋の発行をうける場合を例にとって本指導管理料の算定のしかたを考えてみよう。検査は、血糖とヘモグロビンA1cおよび検尿検査を実施するものとする。本指導管理料を算定した場合、再診料73点、継続管理加算5点、外来管理加算52点、生活習慣病指導管理料1200点、計1330点で、患者の一部負担金は自己負担割合3割で3990円となる。同じ診療において、特定疾患指導料を算定し出来高で計算した場合、標準的な算定方法で838点となり、患者の一部負担金は自己負担割合3割で2510円となる。糖尿病患者が月2回受診し、1回目は血糖とヘモグロビンA1cおよび検尿検査、2回目は血糖測定および尿検査のみであると仮定すると、本指導管理料を算定する場合診療点数は1455点となり、出来高で算定する場合標準的な算定方法で1242点となる。これらのことより、診療報酬からみてみると、月に1回受診し本指導管理料を算定した場合の診療点数は、月2回受診し出来高算定した場合の診療点数をややうわまわること、また、本指導管理料を算定した場合、2回目の診療点数が著しく小さいことがわかり、本指導管理料が月1回受診をうながすしくみであることがわかる。
W 生活習慣病指導管理料算定と出来高算定との比較―事実上の2重料金制
現実には、まだ、本指導管理料を算定している医療機関は少数である。それは、月1回診療に移行することへの警戒感とともに、患者一部負担金が高額すぎて算定しづらいという側面があるからである。実際、本指導管理料算定と出来高算定の間には、ルールの相違ではなく、事実上の2重料金制が存在していると考えるべきである。したがって、本指導管理料を算定する場合、医療機関は、患者への説明義務があると考えるべきであろう。納得をうることなく算定すれば、単に"あの医療機関は高い"との評価を得て、患者が離れる原因にもなりかねない。趣旨を説明し、高額であることを承知の上で、本指導管理料を算定できる条件を考えてみると
1.僻地など競争相手のない医療機関
2.付加価値により高料金であることを納得してもらえる医療機関
3.2ヶ月ごとあるいは3ヶ月ごとに受診する形態をとる医療機関
などであろうか。
2については、1)医師が診療時間を十分にとること、2)コメディカルによる生活指導がうけられること、3)特殊な検査が受けられることなどが考えられるが、これらにより高料金を請求する事が、本邦でどのくらいうけいれられるであろうか。"名医"とみなされている医師であれば本指導管理料を算定しても患者は納得するであろうが、循環器科・糖尿病科・内分泌代謝科の専門医資格をもつことが算定の根拠となりうるであろうか?
X 包括算定の特質
生活習慣病指導管理料は包括点数であるが、包括算定をおこなうと、従来の出来高算定と比較して考え方の異なるところがあるのに気付く。政策的な意味での包括医療の是非は別にして、実際の運用において気付くところを記してみたい。
1.患者負担が定額である
着目されることの少ない点であるが、包括算定においては、診療点数が一定となることにより、患者負担も一定となる。これは、患者にとって、安心なことである。出来高算定においては、たとえば特殊な検査をすることによって、しばしば一部負担金が高額になり、患者が"もちあわせがない"ことを経験するが、包括算定ではこのようなことは少なくなる。さらに、算定ルールを説明することによって、事実上のレセプト開示を実現する事にもなる。
2.検査や指導は差益を生むものではなくすべてコストに変化する
たとえば、超音波装置を導入し、そのリースおよび維持費用に月11万円を要する場合を考えてみよう。出来高算定においては、腹部超音波検査1回で5500円の売上になるので、月に20回検査をすることにより"もと"がとれ、それ以上の検査をおこなう事によって差益がでることになる。高額の医療器械でも検査回数を確保できるのであれば、赤字を出さずに医療レベルを向上させることができると判断することができる。ところが、包括算定を採用したとたん、検査費用はすべて指導管理料に包括されてしまうので、この11万円は純粋なコストへと変化する。
院外検査においても、出来高算定においては、診療点数と原価に差益が発生するのであるが、包括算定においては、原価が純粋なコストへと変化する。
包括算定を中心とした診療形態においては、高額な院内検査装置は極力導入せずに、病院への紹介や診療所どうしの共同利用が進む事になろう。院外検査の発注はほんとうに必要なものだけになろう。逆に、従来、保険点数がないことにより採用が困難であった運動指導のスタッフなどの人件費などは、それが従来の検査や指導よりも価値の高いものと判断できるのであれば優先される可能性がでてくることになる。
3.レセプト作成にかかる事務量が減少する
本指導管理料算定のレセプトは、きわめて単純である。作成は容易で、病名も本指導管理料を算定している主病と、院外処方箋により処方した内服薬に対するもののみでよい。また、処方において、多剤処方や先発品後発品などの選択に診療点数が影響されないことより、処方における医師の裁量権が回復する。
Y 生活習慣病指導管理料を運用する上での問題点および矛盾点
ここでは、本指導管理料の制度としての問題点、および、運用する上で矛盾を生じる点について指摘してみたい。
1.院内処方の医療機関は薬剤料を包括されるが、院外処方の医療機関は包括されないこと
院内処方の医療機関が本指導管理料を算定する場合、薬剤料は本指導管理料に包括される。これに対し、院外処方の医療機関は、院外処方箋により、自由に処方できる。(薬剤費は、院外薬局で患者が通常の負担をする。)点数設定からみると、院内処方の医療機関には、薬剤料相当分として、高脂血症の治療薬で500点、高血圧で300点、糖尿病で450点があてられているが、安価な薬剤と高価な薬剤の混在する生活習慣病の治療薬の選択においては、薬剤料が包括されていることは診療を制限されるものである。
2.院外処方の医療機関が本指導管理料を算定する時、投薬しない場合のほうが、投薬する場合よりも診療点数が高くなる。
これは、院内処方、院外処方の区別を、院外処方箋の有無によって判別していることに起因する。たとえば、糖尿病で月1回、院外処方の医療機関に受診すると、処方箋を発行する時には診療点数は1330点、自己負担割合3割で一部負担金は3990円である。ところが、投薬が不要となり、処方箋を発行しなくなると診療点数は1780点となり、一部負担金は5340円もの高額になる。
3.超音波検査などの検査を実施した月には、実施しない月に比べて診療点数が低くなること
超音波検査など外来管理加算の算定除外にあたる生体検査を実施した場合、これらの検査費用が指導管理料に包括されてしまうため、検査をした月にはしない月より外来管理加算分だけ診療点数が低くなるという矛盾が生じる。(外来管理加算の除外の要件は、レセプトに検査を算定しているかどうかではなく、医療行為として実際にその検査をしたかどうかが問題となると解釈される。)
4.上記に対する解決法
上記の3点に対する解決法を提案する。1および2に関しては、本指導管理料を現在の院外(処方箋あり)に一本化し、院内処方の薬剤料を包括からはずすことである。この事により、投薬のないものは、院外処方、院内処方をとわず、現在の院外処方箋を発行した場合と同じ点数になる。また、院内処方の医療機関は、自由に薬剤の選択ができ、これに対し、患者が通常の負担をすることになる。ただし、ねたきり老人在宅総合診療料などの他の包括医療においても同様の算定ルールがあるため、整合性の問題をよく検討する必要があろう。3の問題については、外来管理加算を、本指導管理料に上乗せして包括することにより解決する。
おわりに
本指導管理料算定の診療点数は、出来高算定と比較して、明らかに高額に設定されている。この高点数の意味するところは、なんなのであろうか?それは、14年4月の診療報酬改定に伴う単なる政治上の取引の結果なのかもしれないし、また、行政による広汎な包括医療への誘導の端緒であるのかもしれない。しかし、ありうるならば、新しい診療のありかたへの行政と医師会首脳部からの積極的な提言であってもらいたいと思う。そして、診療所や小病院の医師が、安心して診療にうちこめ、ひいては、患者の健康と幸福に役立つような環境作りを切に望む。
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