開業医におけるインスリン自己注射指導
南山堂 治療 平成17年3月増刊号掲載論文
開業医におけるインスリン自己注射指導
中石滋雄
I本稿の目的 はじめて自院でインスリン自己注射を導入する際に参考になること、ならびに、現在自己注射中の患者のインスリンを最近発売された新しいタイプのものに変更すべきかどうかを考えるのに役立つこと。
II診療所でのインスリン導入に適した症例
どうやってインスリン自己注射を導入するかということを考える前に、まず、どのような患者に自院で安全かつ有効にインスリンを導入できるかということについて考えてみたい。はじめての導入は、インスリン抵抗性を主体とするものではなく、インスリン分泌低下を主体とする2型糖尿病患者が望ましいであろう。ある程度長い病歴があり、グリベンクラミド(オイグルコン・ダオニール)2.5mgを3〜4錠、グリクラジド(グリミクロン)40mgを4錠、グリメピリド(アマリール)3mgを2錠のいずれかを内服していても、HbA1cを8%以下にコントロールできない、いわゆるSU剤の2次無効といわれるケースである。この場合、網膜症や神経障害が進行していないことを確認しておく必要がある。よく知られているように、低血糖発作が網膜症の増悪を引き起こしたり、急速な血糖コントロールの改善が治療後神経痛といわれる強い足の痛みを引き起こしたりすることがあるからである。いずれも、一度、生じてしまうと治療に難渋することになり、患者-医師関係を損なう危険性を孕む。
IIIインスリン導入に必要なもの
超速効型インスリンのディスポーザブル(プレフィルド)製剤を用いたインスリン導入に必要なものを列挙する。
1)ノボラピッド注300フレックスペン(ノボノルディスクファーマ)2本入1箱
2)ぺンニードル30G8mm(ノボノルディスクファーマ)70本入1箱
3)説明用パンフレット"ノボリンフレックスペン ノボラピッド注300フレックスペンの使い方"(ノボノルディスクファーマ)
4)綿花
5)消毒用エタノール500ml
消毒用アルコールと綿花は保険により医療機関が給付することと決められている。当院では、小分けした綿花と消毒用アルコール500ml1本を患者に渡し、アルコール綿花を自ら作って使用してもらっている。
IVインスリン導入の考え方
インスリンの分泌は1日の血糖変動を安定させるための基礎分泌と食後のインスリン需要をまかなうための追加分泌とからなるが、ノボラピッドによるインスリン療法はこの追加分泌を補う治療法と位置付けられる。
ヒトの身体は、本来、1日40単位程度のインスリンを分泌していると考えられている。したがって、たとえばまったくインスリンを分泌することができず、それをすべて体外から補うと仮定すれば40単位のインスリンを注射することが必要である。さらに、インスリン抵抗性が存在する場合、このインスリンは40単位分未満の効果しか発現しないため、血糖のコントロールにはさらにそれ以上のインスリンを必要とする。膵から分泌され門脈を通過しまず肝臓で作用する内因性インスリンと、皮下に注射される外因性インスリンを単純に比較することはできないが、注射するインスリンの量からその位置付けを考えると自信をもって治療にあたることができる。
超速効型インスリンの特徴については、インスリン分子のアミノ酸組成に人為的に変異をおこすことによって分子の重合が起こらなくなり皮下からの吸収が促進され、効果発現時間が短くなるということを理解しておけば十分である。
Vインスリン導入の手順
ノボラピッドを用いたインスリン導入は、毎食直前の3回注射が基本となる。効果発現は迅速で、注射後30分で血中濃度が最高となる。そのため、注射時間と食事開始時間の間隔があかないように十分に指導する。特に、来客や急な電話があると食事開始が遅れて低血糖を起こす原因となりやすいので注意を促しておく。
ノボラピッドの使用手順の詳細は"ノボリンフレックスペン ノボラピッド注300フレックスペンの使い方"を参考にされたい。ノボラピッドは注射前にインスリンを混ぜる操作も不要な上、単位違いによる逆回しも可能で、残量がなくなるとそれ以上の設定はできないことから、指導の不足による事故もほとんど考えにくい。
@何単位から注射しはじめるのか?
SU剤の内服をしている場合、これに追加して少量のインスリンを開始するとよい。毎食前3単位、合計1日9単位から始める。この量では食直前に注射することが守られていれば、低血糖がおこることはほとんどない。
A用量の変更のしかた
次の時間帯の食前血糖値をみながら、至適用量を求めて徐々に増量する。食前あるいは眠前血糖100〜140mg/dl程度をめやすに1-2週間ごとにインスリンを1-2単位ずつ増量する。この効果を見極めながら、SU剤を減量、中止する。SU剤は中止後、数日間、その効果が残ることを念頭においておく。
B血糖自己測定
本稿では触れないが、診療所におけるインスリン導入においては血糖自己測定を併用すべきと考える。
C低血糖に関する指導
低血糖に関する指導を十分に行なう。食事時間のこと以外にも、運動量の多い日は運動後のみならず夜間の血糖も低下しやすいこと、下痢をしているときに低血糖が起こり易いことを説明しておく。
DHbA1cの改善
ノボラピッドで治療している時は、食前あるいは眠前血糖のレベルに比較してHbA1cは低めの値となることを念頭におく。それは、食後血糖が低下しているからである。
E持効型インスリンの併用
朝食前血糖のコントロールが思わしくない場合や、食前血糖の変動が大きい場合、インスリングラルギン(ランタス)などの持効型インスリンを併用すると有用である。ランタスは24時間安定して効果を発現するインスリン製剤で、インスリン基礎分泌が低下している症例には効果が大きい。
VI現在治療中の患者におけるインスリンの切り替えについて
インスリン自己注射をおこなっている2型糖尿病患者におけるインスリンの切り替えについて述べる。
@ 速効型インスリンから超速効型インスリンへの切り替え
現在、ペンフィルRなど速効型インスリンの毎食前注射をおこなっている患者のインスリンをノボラピッドなど超速効型インスリンに変更するべきであろうか?速効型インスリンの注射時間が食事前30分であるのに対し、超速効型インスリンは食直前に注射すればよいことからコンプライアンスを高めるうえでは変更の利点があると思われる。しかしながら、現実には速効型インスリンを食直前に注射し、おおむね良好なコントロールを得ている場合も少なくない。また、超速効型インスリンの作用時間は速効型インスリンに比べて明らかに短いため、たとえば、1型糖尿病の患者においては変更により血糖コントロールが悪化するようなケースも観察されている。インスリンの変更を行なった場合は血糖コントロールの経過をよく観察する必要がある。生活パターンを考え、食前30分に注射しづらい昼にだけ超速効型インスリンを使用し、自宅で食事をする朝と夕は速効型インスリンを使用するという選択もある。
A 中間型インスリンから持効型インスリンへの切り替え
ペンフィルNなど中間型インスリンの眠前注射をおこなっている患者のインスリンをランタスなどの持効型インスリンに変更すべきであろうか?ランタスは注射後24時間効果が安定して持続する。したがって、従来の中間型インスリンで深夜に低血糖の起こりやすい症例や朝食前の血糖が安定しない症例などには試してみる価値があるものと思われる。
VIIさいごに
糖尿病の治療薬には、インスリン分泌低下を改善する薬物としてグリニド系薬剤やスルホニル尿素剤があるが、インスリンはこれらの延長線上にある薬剤ととらえることができる。経口薬と注射薬という投与経路の違いこそあれ、治療戦略における位置付けの差は小さく、むしろインスリン分泌低下に対してはインスリン療法こそもっとも本質的な治療といえる。ディスポーザブル型製剤の開発によって自己注射手技を指導することも容易になり、超速効型インスリンと持効型インスリンの導入により効果の予測も容易になった。インスリン分泌低下を主体とする症例を中心に病態に即した治療として、自信をもってインスリン治療を患者にすすめることが重要であると思われる。
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